ニッカオフィス / knicka office 横浜の商店街で活動しているクリエイティブスタジオ

なにが事実か。

ニッカオフィスのウチヤマケンイチです。

今朝乗ったバスの中に、こんな張り紙がありました。

・年齢20代前半〜30代前半
・身長165cmくらい
・色白で、小太り

犯人を捜す張り紙。
この手の張り紙はこんな風に「言葉」を中心に、イラストなんかを交えながら表現されたりします。

日頃、誰かのことを表す時って、その人の「名前」だったり「写真」がほとんど。
でも名前や写真のような誰が見ても変わらない「データ」より、こんな「印象」のほうが、なんだか事実のような気もします。

実際のところ、今回の張り紙の人物の年齢や身長がどれくらいなのかはわかりません。
でも誰かの目には「20代前半〜30代前半、165cmくらい」ならば、それはひとつの事実な訳です。
もし犯人が実は40歳を過ぎていても、身長は実は180cmあったとしても。

そこにおしゃれとか、かっこいいとか、性格は暗そうとか、おたくっぽいとか。
そんな評価を入れたら、もっと伝わりやすくなるのかもしれません。
でもそれでは評価の程度が入ってしまって客観性がなくなるから、書かれていないのでしょうね。

もし写真や名前が使えないとき、自分はどんな風に表現されるんだろう。
言葉だけで仲間同士誰かを当てるクイズをやったら、なんだかなんだか本当の自分が見えてきそうです。
そして、これは何も張り紙に書かれるような「見た目」だけの話じゃない。

「正しいことを言ってるんだろうけど、なんだか嫌なやつ」とか。
「優しさからなんだろうけど、一緒にいるとつらい」とか。
そんな性格の印象や評価もまったく同じような気がします。人の評価はなによりも事実。

人の目を気にしてわざわざ自分の事実を曲げる必要はないかもしれない。
けれど、他人の事実こそがやっぱりこの世の中の事実であると、僕はそう思うのでした。

ウチヤマケンイチ
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