令和8年2月21日に考えたこと

ヒント無しでいつでも思い出せること

ニッカオフィスのウチヤマケンイチです。

今日、いつものランニングコースを走っていたら、「ここ前はなんだったっけ」という会話が聞こえてきました。
そこには新しい建物が建設中。僕も毎週その前を過ぎてますが、前に何が建っていたのか思い出せませんでした。

これ、週1回通る道ならまだしも毎日歩いているようなすぐ近所でも、いざ新しい建物が建ってしまうと前がなんだったのが分からなかったりするんですよね。
ただ完全に忘れているわけではなく、写真を見たら思い出せたりする。
最近はストリートビューで過去に遡って街並みが見られるので、それを見ると「あー、確かにそうだった」と昔の記憶が蘇るのです。

ブランドのアンケートで認知度を調べる際に、純粋想起と助成想起というのがあります。純粋想起はヒント無しでもそのブランドや商品を思い浮かべられる状態で、助成想起はブランドや商品を見せた時に知ってるかどうかの違い。
当然、純粋想起の方がより認知が強いわけですが、建て替えされてしまった近所の建物というのはこの助成想起の状態なんですよね。
知っているはずなのに言われるまでは思い浮かばないという、奥の方にある記憶。

むしろ昔観ていたテレビ番組とかクラスメイトに誰がいたとか、記憶のほとんどってこの助成想起だと思うんですよね。
そんな中でヒント無しに純粋想起のできるもの。それは結果として、自分にとって相当に特別な存在なんだろうな。

ウチヤマケンイチ