令和7年5月31日に考えたこと

感覚はどこまで意識化できるのか

ニッカオフィスのウチヤマケンイチです。

デッサンをしていると先生から「ここをもっと奥に」とか「ここに空間をつくって」と言われることがあります。

ただ平面の紙の上での話なのでもちろんどちらも実際に奥にいかせたり空間をつくるわけではなく、表現として話です。
で、ここからが難しいのですが、どういう描き方他をすれば奥にいったり空間があるように見えるかという確固たる方法がないんですよね。描いた線を指でこすって鈍くするとか、手前ほど濃くは描かないとか手掛かりは色々あれど、その絵がどういう状況であるかによって使うべき表現も変わってくる。

なのでどうしても次の一手が曖昧になったり、感覚的になったりします。正解が1つではないわけです。だからこそ絵というのは何度も自身で描いて経験を積むことが必要で、例えば方法論がまとめられた本を1冊読めばすぐにできるという分野じゃないと思ってます。

しかも今日は「奥にいけ」と念を送りながら描くのも大事だよねという話になりました。なんとも非科学的な感じがしますが、これもすごく良くわかる。
どういう描き方をすれば良いのか分かっていなくても、「奥にいけ」とか「手前に出てこい」と念じながら描いていると、段々とそれらしい形に見えてくることがあるんですよね。

やっていることが意識化、言語化できていないだけで確かにそこには何かがある。こういうことが絵の世界にはまだまだ多いのかなぁ。

ウチヤマケンイチ