些細なことも受け継いでく。

ニッカオフィスのウチヤマケンイチです。

人に何かを教えたとき。
実は教わった方よりも、教えてた方が勉強になってる。

これは間違いない。
そのこと、このブログに何度か書いています。

先日、デザインの勉強会で登壇をさせてもらいました。
相変わらず勉強になりました。
機会を頂けるなら、もっともっと人に何かを伝える場に立ちたいです。

教えると教わるの関係。
ともすると、教わる側の方が得るものがあると思いがち。

さらに教えることは、もったいないとか、準備が大変だとか。
そんなことを思ってしまうこともある。

僕も昔は自分が知っている情報や考え方を出し惜しみしてました。
でも、社会人になって先輩から教わったんですよね。
人は発信した分だけ、情報も入ってくるって。

人に何かを教えること。
それは、自分の話を聞いてくれる人がいるからこそ、できること。
相手がいれば、ちゃんと準備をしなければならないと思うし、それが集中力も生み出してくれる。
何かを伝える機会をもらえたことは、むしろ感謝をすべきことなんだろうなと。

あともう一つ、最近ふと思ったことがあります。

それは自分が知っていることを、自分のところで止めてしまう罪深さのこと。
もっと言えば、誰かに教えてもらったことを、自分のところで止めてしまう罪深さのこと。

たまに後継者がいなくて長く続いた老舗が閉じてしまった、なんて話を聞きます。
他にも、伝統芸能とか、特殊な技術とか、絶滅危惧種とか。
そういうある「特別なこと」であれば、途絶えさせてしまうことの罪深さを、みな感じると思うのです。

でも、世の中には名も無き知識や知恵って、たくさんあると思うんですよね。

ありきたりに見えることでも、実はそこには長い歴史の中で受け継がれたことと、そしてその人なりの解釈が入ってる。
それを誰かに伝えていくということは、やっぱりそれだけで価値のあることだと思うのです。

人は誰しも、人から学んで生きてる。
すべてを自分の中から生み出すなんて、到底ありえない。
学校でも、職場でも、家庭でも、遊びでも。
毎日のように、絶えず人から学んでる。

多分、自分が発明したやり方なんて、ゼロなんじゃないかと。
人の知恵や知識、スタイルに、やり方。
そのほとんどは、人から学んだものだと思います。
そこに自分なりの解釈やアイデアを入れて、応用していく。

自分が知っていることや思っていることを、自分のところで止めてしまうこと。
それは自分以外の人たちが脈々と受け継いできたことを止めてしまうこと。

これからはどんな些細なことでも、できるだけ人に伝えていきたいなと、そう思うのでした。

さて、今日は金曜日。
今週もいろんなことを人から教えてもらったり、僕も伝えたつもりです。

生き物が世代を通じて受け継いでいくのは、DNAだけじゃなかった。
思想やスタイルなんてものも受け継がれて、ずっとずっと、後世まで生き残る。

それに気付いて、なんだか毎日がもっと楽しくなった。

ウチヤマ ケンイチ
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